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| 同盟国の中でもドイツ帝国は、広大な島嶼部を防衛する巨大艦隊を保有しながら、陸上兵力が不足していた。これに対して、本土を蘭印に接して日本軍を最も脅威とするオーストラリアは陸上兵力が一定数あったがまとまった艦隊がなかった。イギリスは宗主国でありながら、ビルマ戦線と[[wiki: | 同盟国の中でもドイツ帝国は、広大な島嶼部を防衛する巨大艦隊を保有しながら、陸上兵力が不足していた。これに対して、本土を蘭印に接して日本軍を最も脅威とするオーストラリアは陸上兵力が一定数あったがまとまった艦隊がなかった。イギリスは宗主国でありながら、ビルマ戦線と[[wiki: | ||
| - | 司令部がシドニーに設立された2日後の4月20日、ドイツ海軍の空母機動部隊を中心とする同盟国艦隊が、オーストラリア軍を中心とする同盟国陸上部隊を満載してティモール島へ向かった。ディリとクパンをわずかに支配する日本軍にこれを阻止する能力はなかった。当時豪北沖に連合艦隊機動部隊が豪北空襲のために航行していたが、同盟国艦隊の接近を感知することができなかった。日本陸軍ではアンボンなどの島周辺の飛行場に陸上攻撃機を配備していたが、戦闘機は未だ到着していなかった。艦隊に戦闘機の掩護無しで陸攻をぶつけることは自殺行為に等しかったが、窮地の陸軍は陸攻17機を中心に艦隊を迎撃したが、内15機を喪失するに終わった。 | + | 司令部がシドニーに設立された2日後の4月20日、ドイツ海軍の空母機動部隊を中心とする同盟国艦隊が、オーストラリア軍を中心とする同盟国陸上部隊を満載してティモール島へ向かった。ディリとクパンをわずかに支配する日本軍にこれを阻止する能力はなかった。当時豪北沖に連合艦隊機動部隊が豪北空襲のために航行していたが、同盟国艦隊の接近を感知することができなかった。日本陸軍ではアンボンなどの島周辺の飛行場に陸上攻撃機を配備していたが、戦闘機は未だ到着していなかった。艦隊に戦闘機の掩護無しで陸攻をぶつけることは自殺行為に等しかったが、窮地の陸軍は迎撃を敢行。陸攻17機を中心に艦隊を迎撃したが、内15機を喪失するに終わった。 |
| - | ティモール島へ攻め込む同盟国軍艦隊にはドイツ海軍の空母[[リヒトホーフェン|リヒトホーフェン]]が配備してあったが、設計に欠陥がありダメージコントロール能力が不全だった。日本軍の攻撃で同じく窮地に陥った同盟国軍艦隊であったが、あえて強襲上陸を決断し、作戦を中止せずそのままティモール島南岸に至り、同盟国軍陸上部隊約6000人の揚陸に成功したのだった。これを[[ティモール島沖海戦|ティモール島沖海戦]]という。 | + | ティモール島へ攻め込む同盟国軍艦隊にはドイツ海軍の空母[[リヒトホーフェン|リヒトホーフェン]]が配備してあったが、設計に欠陥がありダメージコントロール能力が不全だった。日本軍の攻撃で同じく窮地に陥った同盟国軍艦隊であったが、あえて強襲上陸を決断した。こうして、作戦を中止せずそのままティモール島南岸に至り、同盟国軍陸上部隊約6000人の揚陸に成功したのだった。これを[[ティモール島沖海戦|ティモール島沖海戦]]という。 |
| - | こうしてティモール島における両国の戦力バランスは均衡した。ただし、日本軍はクパンとディリ、同盟国軍は島内陸部と南岸に配置されており、ここから移動して両軍が会戦を行うには、相当の準備が必要だった。当時、ティモール島には舗装道路が皆無だった。 | + | こうしてティモール島における両国の戦力バランスは均衡した。ただし、日本軍はクパンとディリに、同盟国軍は島内陸部と南岸に配置されており、ここから移動して両軍が会戦を行うには、相当の準備が必要だった。当時、ティモール島には舗装道路が皆無だった。また、もし同盟国軍がさらなる蛮勇をもって、陸上部隊を日本軍支配地から離れた島南岸でなく日本軍支配地に強襲揚陸していれば、この戦いの結末は同盟国の完全勝利に終わっていたとも後世には評されている。とはいえ、当時の同盟国軍艦隊は、日本軍がティモール島海戦をもって迎撃戦力を完全に消尽していたとはつゆも知らなかった。 |
| しかしながら、ティモール島沖海戦による上陸の成功は、それまで敗戦続きの同盟国に希望と自信を与えることとなった。一方日本軍は不意打ちによる同盟国軍の反攻に驚き、日本側もまたティモール島への戦力投入を余儀なくされることとなる。 | しかしながら、ティモール島沖海戦による上陸の成功は、それまで敗戦続きの同盟国に希望と自信を与えることとなった。一方日本軍は不意打ちによる同盟国軍の反攻に驚き、日本側もまたティモール島への戦力投入を余儀なくされることとなる。 | ||