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| ティモール島へ攻め込む同盟国軍艦隊にはドイツ海軍の空母[[リヒトホーフェン|リヒトホーフェン]]が配備してあったが、設計に欠陥がありダメージコントロール能力が不全だった。日本軍の攻撃で同じく窮地に陥った同盟国軍艦隊であったが、あえて強襲上陸を決断した。こうして、作戦を中止せずそのままティモール島南岸に至り、同盟国軍陸上部隊約6000人の揚陸に成功したのだった。これを[[ティモール島沖海戦|ティモール島沖海戦]]という。 | ティモール島へ攻め込む同盟国軍艦隊にはドイツ海軍の空母[[リヒトホーフェン|リヒトホーフェン]]が配備してあったが、設計に欠陥がありダメージコントロール能力が不全だった。日本軍の攻撃で同じく窮地に陥った同盟国軍艦隊であったが、あえて強襲上陸を決断した。こうして、作戦を中止せずそのままティモール島南岸に至り、同盟国軍陸上部隊約6000人の揚陸に成功したのだった。これを[[ティモール島沖海戦|ティモール島沖海戦]]という。 | ||
| - | こうしてティモール島における両国の戦力バランスは均衡した。ただし、日本軍はクパンとディリに、同盟国軍は島内陸部と南岸に配置されており、ここから移動して両軍が会戦を行うには、相当の準備が必要だった。当時、ティモール島には舗装道路が皆無だった。 | + | こうしてティモール島における両国の戦力バランスは均衡した。ただし、日本軍はクパンとディリに、同盟国軍は島内陸部と南岸に配置されており、ここから移動して両軍が会戦を行うには、相当の準備が必要だった。当時、ティモール島には舗装道路が皆無だった。また、もし同盟国軍がさらなる蛮勇をもって、陸上部隊を日本軍支配地から離れた島南岸でなく日本軍支配地に強襲揚陸していれば、この戦いの結末は同盟国の完全勝利に終わっていたとも後世には評されている。とはいえ、当時の同盟国軍艦隊は、日本軍がティモール島海戦をもって迎撃戦力を完全に消尽していたとはつゆも知らなかった。 |
| しかしながら、ティモール島沖海戦による上陸の成功は、それまで敗戦続きの同盟国に希望と自信を与えることとなった。一方日本軍は不意打ちによる同盟国軍の反攻に驚き、日本側もまたティモール島への戦力投入を余儀なくされることとなる。 | しかしながら、ティモール島沖海戦による上陸の成功は、それまで敗戦続きの同盟国に希望と自信を与えることとなった。一方日本軍は不意打ちによる同盟国軍の反攻に驚き、日本側もまたティモール島への戦力投入を余儀なくされることとなる。 | ||